浦和地方裁判所 昭和48年(む)67号 決定 1973年4月21日
被疑者 川面登
主文
本件準抗告の請求を棄却する。
理由
一、申立の趣旨および理由
一、本件準抗告の申立の趣旨および理由は、検察官森山英一作成の昭和四八年四月一九日付「準抗告及び裁判の執行停止申立書」と題する書面記載のとおりであるから、これを引用する。
二、当裁判所の判断
別紙のとおり。
三、よつて、本件申立は理由がないから、刑訴法四三二条、四二六条一項を適用して主文のとおり決定する。
(別紙)
一、当裁判所が浦和地方検察庁から取り寄せた本件被疑事件に関する捜査記録、検察官森山英一作成の電話録取書及び浦和地方裁判所書記官岡田道之作成の報告書によれば、
1、被疑者は、昭和四八年四月一六日午後一時二〇分本件強盗致傷被疑事件により、栃木県小山市大字武井三三九番地の自宅において緊急逮捕され、同日午後三時三〇分加須警察署司法警察員に引致されたこと
2、加須警察署司法警察員が被疑者に対する右緊急逮捕手続に基き、右同日午後九時浦和地方裁判所に緊急逮捕状の発付を求めたところ、同裁判所裁判官園田秀樹により右は「直ちに裁判官の逮捕状を求める手続」をとらなかつたとの理由をもつて同逮捕状請求が却下されたこと
3、右逮捕状請求却下の裁判は翌四月一七日午前零時二五分、加須警察署司法警察員に通知され、同警察官は同日午前一時二五分帰署し、同一時三〇分被疑者を同署の代用監獄である留置場より出し、手錠をはずし、その所持品を還付して釈放手続をとつたこと
4、加須署所属の司法警察員は、右同日被疑者に対する本件被疑事実につき改めて、浦和地方裁判所に通常逮捕状の発付を請求して同令状の発付を得、右通常逮捕状に基づき同日午後一時三五分、加須警察署前道路上において、被疑者を再逮捕し、同一時三七分加須警察署司法警察員に引致したこと
5、本件は、翌四月一八日午前一〇時加須警察署司法警察員より検察官への送致手続がとられて、同日午後零時一〇分浦和地方検察庁検察官に送致され、同庁検察官より同日午後三時四五分被疑者につき勾留請求がされたこと
の逮捕、勾留請求に関する一連の事実を認めることができる。
二、然して、本件勾留請求を却下した原裁判の理由は、第一に、緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が「直ちに」(刑事訴訟法二一〇条一項)の要件を欠くとして却下された場合にはその後に特別の事情変更が存しない限り通常逮捕も許されないところ、本件の通常逮捕状に基づく再逮捕には右にいう特別の事情変更があつたものとは認められないというにある。
ところで、検察官または司法警察員は同一の犯罪事実につき二度以上に亘つて逮捕状の請求をすることができ(刑事訴訟法一九九条三項)、したがつて裁判官も二度以上に亘つて逮捕状を発付することができる。しかし、同一事実に基づく再逮捕は無制限に許されるものではない。けだし、これを無制限に許すならば捜査段階における被疑者の身柄の拘束につき厳格な時間的制約を設けた法の趣旨は全く没却されてしまうからである。それゆえ同一事実に基づく再逮捕は合理的な理由の存する場合でなければ許されない、というべきである。そこで緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が「直ちに」の要件を欠くとして却下された場合に通常逮捕が許されるか否か、また許されるとすれば、いかなる要件が必要かについて考えてみるに、逮捕状請求却下の裁判に対して、捜査機関に何ら不服申立の手段が認められていない現行法上、緊急逮捕に基づく逮捕状請求が「直ちに」の要件を欠くとして却下された後の通常逮捕が一切許されないとすることは、犯罪が社会の治安に及ぼす影響に鑑み、公共の福祉をも一の目的とする刑事訴訟法の趣旨に照し、到底採り得ないところといわざるを得ない。また、他方緊急逮捕に基づき直ちに逮捕状の請求がなされず、時間的に遅れた逮捕状の請求が却下された場合にも、その後一律に通常逮捕状の請求が許されるとすることは、緊急逮捕の要件が緩やかに解され、運用上大きな弊害の生ずることも考えられ、ひいては憲法の保障とする令状主義の趣旨が没却されることにもなるので妥当ではないといわなければならない。しかし緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が「直ちに」の要件を欠くとして却下された後、特別の事情変更が存しなければ通常逮捕が許されないと解することも妥当ではない。けだし、右における逮捕状の請求は却下されたがなお逮捕の理由と必要性の存する場合、一旦釈放した被疑者が逃亡するなどの事情変更が生じなければ通常逮捕状の請求が許されないとすれば、犯罪捜査上重大な支障を来たし、結局は前記のような刑事訴訟法の趣旨に反するものと考えられるからである。よつて、勘案するに、緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が「直ちに」の要件を欠くものとして却下されたもののなお逮捕の理由と必要性の存する場合には「直ちに」といえると考えられる合理的な時間を超過した時間が比較的僅少であり、しかも右の時間超過に相当の合理的理由が存し、しかも事案が重大であつて治安上社会に及ぼす影響が大きいと考えられる限り、右逮捕状請求が、却下された後、特別の事情変更が存しなくとも、なお前記した再逮捕を許すべき合理的な理由が、存するというべく、通常逮捕状に基づく再逮捕が許されるものといわなければならない。
そこで本件につき検討するに、前記認定事実および前掲各資料によれば、被疑者が緊急逮捕されて加須署に引致されたのが四月一六日午後三時三〇分、浦和地方裁判所への逮捕状請求が同日午後九時で、その間五時間三〇分であるが、加須、浦和間の距離的関係に加えて本件事案の重大性、性質等に鑑みれば、本件の緊急逮捕に基づく逮捕状発付の請求が「直ちに」されたものでないとしてもその超過時間は比較的僅少であると認められ、またその間被疑者は逃亡中の他の共犯者を緊急に逮捕するべくその割り出しのための取調べを受けていたものであつて、捜査機関には制限時間の趣旨を潜脱する意思は勿論なく、右時間超過には一応の合理的理由の存したことが窺われる。しかも、本件は五人の共犯者による四人の被害者に対する強盗致傷の事案で重大であり、社会に及ぼす影響も大きいと考えられる。然れば、本件通常逮捕状の発付は適法というべく、この点に関する原裁判の理由は失当というべきである。
三、次に、原裁判は、その趣旨必ずしも明らかではないが、本件緊急逮捕に基づく逮捕状請求が却下された段階で被疑者が真に釈放されたか否か疑問が存し、ひいてはその後の逮捕状に基づく通常逮捕の違法を来たし、結局本件勾留請求は却下されるべきである旨をいうようであるので、以下この点について検討を加えることとする。
そこで、本件における被疑者の釈放手続についてみるに、当裁判所裁判官の被疑者に対する質問調書および前記検察官作成の電話録取書等によれば、被疑者は、四月一七日午前一時三〇分ごろ、留置場より出されて手錠をはずされ、警察署の電話室の長椅子に宿直用毛布を与えられて宿泊したことは認められるが、その際警察官より「釈放する」旨を告げられたことはなく、被疑者において自由に帰宅する状態になつたことを認識していることは窺われず、結局、本件においては被疑者が「直ちに」釈放されたものとは認められない。また、以後、被疑者が通常逮捕されるまでの間にも被疑者が釈放されたとは認められない。
よつて考えるに、緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が却下された場合には、被疑者は「直ちに」釈放されなければならないのであり(刑事訴訟法二一〇条)、右手続に違背し、しかも以後も被疑者の身柄を釈放せずに通常逮捕状に基づき被疑者の身柄を拘束することは許されず、その瑕疵は重大であつて、右通常逮捕に基づく勾留は認められないといわなければならない。したがつて、前記したように、被疑者を釈放しないままの通常逮捕状による再逮捕を基礎とする本件勾留は許されないものといわざるを得ない。